#ラブカは静かに弓を持つ
#安壇美緒
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#あらすじ
幼少時のトラウマから、周囲と打ち解けない橘樹(たちばないつき)は、ある日上司からチェロを習いに行くよう指示される。
曰く、全国に教室を持つミカサ音楽教室のチェロレッスンにて、ミカサがレッスンで著作権を侵害している証拠を掴んでこいとのこと。
つまり、ミカサに潜入してスパイを働けという内容だった。
これも仕事、とスパイを働くことには抵抗を感じない橘だが、チェロはトラウマを彷彿させた。
引き受けてしまったことに激しく後悔しながらレッスンに通う橘だが、チェロ講師の浅羽を含め徐々にチェロを通して生まれた新たな出会いや発見が、橘の世界に彩りを与え始める。
しかし、ミカサへの訴訟は進んでおり、橘にも本来の役割を全うすることが求められていた…
#感想
全日本音楽著作権連盟、通称"全著連"に勤める主人公の橘樹くんはとにかく暗い。
周りの反応から、そこそこ見栄えが良いことは伺えるし仕事も基本的には真面目にこなしている。
多分要領も悪くないはず。
それでも、彼の過去のトラウマが心のシャッターに鍵をかけさせている。
このトラウマだけど、
チェロに関するトラウマかー…
幼少期の発表会で大ヘマしたとか、ヘタしたら緊張のあまり大勢の前で失禁したとかかな(これも十分こじらせるのに足るトラウマだけど)なんて想像してたけど、
思っていた以上にヘビーでした。
もう一生誰とも関わりたくないし、関わる必要がないと考えるのも納得。
それでも、橘くんの世界に再び色を付けたのもチェロだったという。皮肉というより、音楽の偉大さと人間ならではの感受性の豊かさを感じました。
絵に描いたように順調な、人生のリハビリを進む橘くん。
スパイを行い、毎日に鮮やかさを与えてくれる人達を裏切り、それを自覚しながらもどこか希薄な橘くん。
その二面性は、淡々と描かれるにもかかわらず読者を不安定で落ち着かない気持ちにさせます。
もちろん、それに留まらないのだけど。
とにかく持っていき方がすごく上手かったです。
少しづつ、気づかない内に酸素が薄くなっていく感じ。
本作のタイトルであり、重要な意味を持つ"ラブカ"は、醜い深海魚です。
そういう意味合いではないけど、目をそらしていても少しづつ"敵対する側の証人として裁判に立つ"、という現実が迫ってくるあたりはまさに深海に沈み酸素が薄くなっていくようでした。
最後は、流されるのでなく橘くんが自分で選んで行動し、それによって受け入れられたり違う道を歩んだり…
とても現実的且つ希望のある終わり方で気持ちの良い後味でした。
読んで良かった!